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鹿児島家庭裁判所 昭和32年(家)936号 審判

申立人 古川君子(仮名)

相手方 大迫ヤエ(仮名)

主文

(1)  鹿児島市○○町○○○番の四六宅地一七坪一勺の換地(同市○○○町○○番地所在、実測二九・二六坪、その位置は別紙第一図面中太線をもつて囲むところ)の北、西、南、東の角をそれぞれ(イ)点、(ロ)点、(ハ)点、(ニ)点とし、(イ)点より(イ)(ロ)を結ぶ線上二・九八米の点((イ)(ロ)線と宅地上の店の仕切壁の延長線との交点)を(ホ)点とし、右宅地上の二個の店舗の仕切壁の東南端を(へ)点とし、右宅地上の居間の仕切壁の北西端、東南端をそれぞれ(ト)点(チ)点とし、(チ)点より(ト)(チ)を結ぶ延長線上〇・三四の点を(リ)点とし、(イ)点より(イ)点と(ニ)点とを結ぶ線上一一・八九米の点を(ヌ)点とし、この換地を(イ)(ホ)(へ)(ト)(リ)(ヌ)の各点を順次に結ぶ線によつて囲む部分(別紙第二面中太線を以つて囲む部分――実測一〇・二八八坪)と残余の部分((ホ)(へ)(ト)(リ)(ヌ)(ニ)(ハ)(ロ)の各点を順次に結ぶ線によつて囲まれた部分――実測一八・九七二坪)とに分割し、その前者の部分(実測一〇・二八八坪)を申立人の、その後者の部分(実測一八・九七二坪)を相手方の各単独所有とする。

(2)  前項換地の東南部にある木造平屋建居宅一棟建坪三・二三坪を相手方の所有とする。

(3)  本件手続費用のうち鑑定費用の一部金二五〇〇円を相手方の負担とし、その他の費用は全部申立人の負担とする。

理由

一  共同相続人と相続財産の確定

昭和三二年(家)第八八八号遺産分割申立事件(以下別件と略称する)の記録編綴の戸籍謄本によれば、被相続人大迫和雄は昭和二五年○月○○日相手方の住所において死亡し、本件遺産相続はこの時に開始したこと、その共同相続人は、被相続人の死亡当時における妻である申立人と被相続人の実母である相手方の二人であること、したがつて、その法定相続分の比率は同等であることが認められる。また、記録編綴の土地登記簿謄本の記載と鑑定の結果ならびに申立人に対する審問の結果によれば、鹿児島市○○町○○○番の四六宅地一七坪一勺の換地(同市○○○町○○番地、所在実測二九坪二合六勺宅地――別紙第一図面太線で囲むところ)及び右換地の東南部にある木造平屋建居宅建坪三坪二合三勺が相続財産に属することが認められ、他に遺産分割の対象たるべき財産は本件調停審問の経過を通じて発見しえない。

しかるところ、相手方は、次の事情からして本件遺産分割の申立が理由のないものと主張している。すなわち、申立人はその夫である被相続人死亡後昭和二六年○月○○日その実父の籍に復氏したものであるが、その復氏に先だち、同年○月○日申立人はその実父古川実生を代理として相手方宅において、相手方その他の親族と協議の結果相手方より申立人に対し、金二〇、〇〇〇円を贈与手交し、その代り、申立人においては将来被相続人の財産を要求しないことを誓約したから、本件申立は理由がない。

これに対し、申立人は、実父を介して相手方より二〇、〇〇〇円を受領したことは認めるが、相手方主張のような誓約をした覚えはない。しかも、右二〇、〇〇〇円は申立人が相手方宅に残して来たタンス、水屋、机等の特有財産を持ち帰る代りに、その代価として受領したものであると主張している。

つまり、相手方は本件遺産分割については、すでに当事者間に円満な協議が済んでいるから本件申立は理由がないと主張するに対し、申立人はこれを否認している次第である。よつてこの点につき証拠を案ずるに記録編綴の戸籍抄本、証人古川実生の証言により大迫君子の作成部分を除きその成立の認められる乙第一号証、同証言によりその成立の認められる同第二号証及び同第三号証、証人古川実生の証言、同証人に対する嘱託調査の結果、申立人に対する審問の結果、別件記録の記載(なかんずく永井キミに対する第二回審問の結果)ならびに、本件の調停及び審判の全経過に徴すると、大要つぎの経緯を認めることができる。

申立人は昭和一七年○月○○日北支で被相続人和雄と結婚し、済南で同棲生活を送つていたが、終戦となつたため昭和二一年四月頃一緒に鹿児島に引揚げた。しかし、思はしい仕事もなかつたので、申立人夫婦はまもなく申立人の実父古川実生を頼つて福岡市に移住し、ここで夫婦共稼で暫時生計を凌いでいたところ、和雄が体が悪くなつたので再度鹿児島に戻り、当時相手方家族が住んでいた本件宅地の建物の裏に四畳半一間の平屋(主文第二項記載の建物)を建て、ここに申立人夫婦が同居し、ソーセージ等の商売を始めた。この頃、相手方宅には相手方三男誠、その妻キミ、長女サト子、四男正、三女フミ子、五男鉄夫、六男幸男等が同居し、誠とその妻キミとが生果商を営んでいたが、まもなく、相手方及び正とキミとの折合が悪いため、申立人夫婦が移住してきてから暫くして、誠夫婦は別紙図面中太線をもつて示す境界の東北部に、相手方のその他の家族はその南西部にそれぞれ別居するようになつた。しこうして、正及び相手方はキミと折合が悪いのみならず、申立人に対しても全然和合せず、申立人夫婦も一時他に避難する等のこともあつたが、申立人としても遂に我慢ができなくなり、昭和二四年一二月夫(被相続人)と相談の末、申立人は一応福岡の実父のもとに厄介になり、機を見て夫も福岡に来て職を見つけることとし、申立人だけまず福岡に引上げた。しかるに、夫はその後健康がはかばかしくなく、その危篤の電報によつて申立人が来鹿したときは既におそく、昭和二五年○月○○日に死亡した。以上のような状態であつたので、申立人は被相続人の死亡直後は相手方及び相手方家族に対し自ら自分の嫁入道具の引取方や遺産分割についての話合いをすることは到底できなかつたのであるが、実父に対してはかねてから相手方宅に置いてきた申立人の世帯道具の引取方等を頼んでおいた。かくて、申立人の実父古川実生は、和雄死亡後書面で或は来鹿して相手方と世帯道具の引取方や遺産分割の話合をしたが、相手方に誠意がないため話がまとまらず、昭和二六年○月○日頃古川実生が相手方宅に来た際、申立人所有のタンス、水屋、机等を申立人が引取るのは荷造運賃等がかかつて厄介だから、これを引取る代りの代償として、相手方が二〇、〇〇〇円を申立人に支払うことで一応の話がついた次第である。この際、古川実生はもちろん被相続人所有の本件宅地等についても言及したのであるが、相手方はそれが担保に這入つていて無価値であるとか他人のものになつているとか、その他言を左右にして遺産分割には応じないので、古川実生は、当時申立人の療養費等にも困窮していたという事情もあり、遺産分割の方は一応断念して右二〇、〇〇〇円を受領しこの金額のうちから、被相続人和雄の墓石代として金五、〇〇〇円を相手方に贈与したうえ福岡に帰り、右事情を申立人に話した。そして、同年同月○○日申立人は実家の氏に復したものである。その後申立人が来鹿して本件土地の登記簿を調べたところ、本件土地が無担保であり、従来同様被相続人名義となつていることを知つたので、誠(本件被相続人和雄の弟で、別件の被相続人)の未亡人キミが相手方に対し遺産分割の申立をなした機会に申立人もこれに同調して本件遺産分割の申立をなしたものである。

乙第一証(誓約書)は上記○月○日に相手方宅で古川実生、相手方、大迫誠、大迫太郎等が同席して話合つた際(この際申立人は不在)、誠が隣室でキミに口授して書かせたものであり、その文言だけをみると考えようによつては、相手方主張のように、申立人は実父を介して遺産については持分を相手方のために放棄したものともうけとれないこともないが、その真相は以上のように認められるので、この点に関する相手方の主張は採用できない。証人大迫フミ子、同田原タミ子、同大迫トミの各証言、並びに相手方及び参考人大迫正の各供述中上記認定に反する部分には当裁判所はいずれも信をおけない。

二  遺産の分割方法

本件ならびに前記別件の遺産分割の調停、審判の経過中において知り得た事項中本件の遺産の分割方法につき、斟酌すべき主要なものは上記認定の各事情のほかつぎの諸点である。

(1)  申立人の現下の生活事情

申立人は当三四年の未亡人で被相続人との間に子供もなく、被相続人死亡後は福岡の実父の庇護のもとに生活していたが、実父もすでに老令で仕事にも就けない状況のため、目下ホテルの給仕として稼働しており、毎月うける五〇〇〇円の給料のほかこれという資産収入もない。

(2)  相手方側の現下の生活事情

相手方は当六一年の未亡人で、その亡夫との間に五男三女をもうけたが、長男、次男(本件の被相続人)三男(別件の被相続人)はいずれも死亡し、長女、次女、三女、五男、六男はいずれも、他に嫁しまたは独立し、現在は四男正当二九年とその妻静子当二六年とともに本件宅地上の建物(詳しくいえば仕切壁をもつて区切られた南西部一別紙図面中太線で区劃した部分を除く部分)に居住し、その道路に面する部分を店舗として正夫婦がその菓子商売をしている。しこうして、相手方家族には、前記別件において遺産分割の対象となつた上記建物と本件遺産分割の対象となつている本件宅地及びその東南部に在る四畳半一間の平屋建物(主文第二項記載の建物)のほか、これという資産はなく、正の菓子商による収入も辛うじて一家の生計を支えるに足る程度としか思われない。もつとも、相手方家族は、右四畳半一間の建物を他人に賃貸して月一、五〇〇円の賃料をとつている。

(3)  そのほかの事情

申立人は、遺産分割方法として、右四畳半一間の建物は相手方に贈与してもよいが、本件宅地については、その相続分に応ずる持分を金で貰いたいと希望している。しかし、(2)に記載のとおり相手方家族においては、その支払能力がない。また、本件土地を申立人の所有として申立人から相手方に金銭を支払うことも(1)に述べたように、申立人に支払能力がないから、これまた困難である。なお、本件相続財産を他に売却して、その売得金を分配するという方法も考えられるが、本件宅地には相手方等居住の建物が存在しているので、これまた適切な方法とは言えない。したがつて、本件において比較的妥当と思はれる分割方法は宅地そのものを分割する方法である。しこうして現物分割ということになると、その宅地がいかに利用されているかということも斟酌しなければならない。この点に関し、上記別件記録(なかんずくその審判書)によれば、本件宅地上の建物は仕切り壁によつて、その北東部と南西部とに区切られ、その北東部は従来別件における申立人永井キミが居住し夫和雄死亡後はキミが他に賃貸してきた関係上、その遺産分割の審判においてその北東部はキミの所有、その南西部は相手方の所有というように分割されたことである。しこうして、本件においては、右永井キミの取得した建物の今後の利用方法の円滑化ということを考慮に入れなければならない。これらの事情をも考え合せると、本件宅地のうち別件において永井キミの所有とされた建物の部分の敷地だけは申立人の所有とし、その余の部分は相手方の所有とするのを相当とする。かかる見地から測量の結果本件宅地については主文第一項記載のように分割する。しこうして、本件遺産のうち、右宅地上の四畳半一間の建物は、申立人も相手方にやつてもよいと言つているので主文第二項のとおり相手方の所有とする。

なお本件手続費用のうち鑑定費用の一部金二、五〇〇円は相手方に負担されるのが公平に適するものと思われるので、家事審判法第七条、非訴訟事件手続法第二八条により主文第三項のとおり手続費用の負担を定める。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 伊東秀郎)

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